どーも、名古屋・岐阜のコピーライター小澤です。
私は20代の頃から、登山が好きでいろんな山に登ってきました。奥穂高岳、北穂高岳、前穂高岳、西穂高岳、木曽駒ヶ岳、仙丈ヶ岳、…。それこそ3000メートル級の山々を登ってきたのですが、実のところ「なぜ山に登るのか」、本当の理由はよくわかっていないんです。
「頂上からの景色が素晴らしいから」とか、「山頂に着いたときの達成感がある」とか、
いろんな理由があるのだけれど、どれも正解だけれど、正解じゃない。いまだにハッキリとした理由がないのが正直なところです。
登山って、ほんとうにしんどいです。重い荷物を背負って、ただ黙々と登る。息はゼーゼー、足は悲鳴をあげるし。自然の中だから、空気が美味しいとか、景色がいいとかはあります。でも、そんなものは、ものの5分で忘れてしまうほど、しんどいんです。笑
なのに、なぜ登るのか。そう考えたとき、もう物好きとしか言いようがないかもしれません。それでも、どんなに苦しい山行だったとしても、再び登りたくなるのです。もしかしたら自分の中に「Mっけ」がそうさせているかもなんて、あらぬ想像もしたりします。
山行では、特に登り始めが大変。うっそうと茂る森林の中を、ただ黙々と歩くしかなくて、いい景色なんて拝むことはできません。しかも、森林の中だから風通しが悪く、夏場では暑くて汗がだらだら状態。グチばかり口にする人もいるほどです。
それが何時間かかけて、少しずつ高度をあげていくと、やがて背の高い樹木がなくなる「森林限界」に辿りつくことになります。ここまでくれば、別の次元に突入です。やっと山らしい景観が開けてくるから、これまでの苦労も報われる感じでしょうか。
でもね、ここからも大変なんです。たまに山頂が見え隠れするのですが、なかなかたどり着かない。「目の前に山頂があるのに、まだかよー」なんてグチりたくもわけでして。でも私は、そんな状況でも割と冷静にとらえています。
一気には登れないけれど、一歩一歩確実に進めば、まちがいなくたどり着ける。そんな感覚で登り続けるようにしています。
こうして「苦労」というより、いろんな「苦痛」を乗り越えて、やっと登頂。さまざまな苦しみがあったから、「すごい、うれしい!」というより、「なんとか頂上につけた!」としみじみ感じます。だから、達成感というより、安堵感や充足感のほうが大きいかな。
さて、こうして山登りのこと書いていると、つくづく「経営」「事業運営」に似ているな、と思うのです。
目標とするビジョンや売上の実現のため、黙々と作業をこなしていく。それは、まさに登山のようです。
私の場合、フリーランスとして独立して6年。明確なビジョンもなく、大した売上目標もあるわけもなく、それでも何とか今日まで生き残れた感じです。いつも他人の目標ばかり目がいき、「なぜ私は、こんな場所にいるんだ」とイライラてきました。
それはまるで、樹林帯の中でグルグルとさまよい、「何で頂上につかないんだ」と嘆いている状態のよう。
自分がどの山を目指しているのか曖昧。理想なんてないから、「頂上」につけるわけがありません。でも、過去に数回、森林限界を超えたことがあって、「このままなら頂上いけるぞ」なんて、息巻いていたときもありました。
そんな良いときもすぎ、ふたたび樹林帯の中へ。私は一体どこにいるのか…。
登山のときは、頂上という明快な目標があります。そうはいっても、あくまで目標なので、単なる「行き先」くらいにしか感じません。だから、「すぐ着きたい」とか「まだ頂上に着けないのか」なんて考えず、ただひたすら登り続ける。大切なのは多少辛くても、一瞬一瞬を楽しんだり、かみしめながら進むことだったりします。
登山でそうしてきたのに、経営や事業では、同じようにはできていないんでしょうかね。だから今は「自分の地図」を明確にして、「自分なりのスタイル」で前進していけるよう、考え直さなくてはと思っています。